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お七夜

この国では、子どもが生まれて数えて7日目に、命名を行う「お七夜」という行事があります。
昔は、新生児はすぐに死んでしまうことが多かったので、生まれて7日を過ぎるまでは油断が出来なかったそうなのです。このため、7日目を過ぎたときに、新生児に初めて名付けをして神様に報告しし、一人の人として社会に迎え入れるというのが、お七夜というものの由来だそうです。

我が家の息子は、お七夜を迎える前に、親父であるワタシが区役所へ出生届を提出。法的には7日を迎える前に、一人の人として、社会にデビューを果たしております。

とはいえ、伝統行事は、きちんと(いや、それなりに?)こなしたいもの。
お七夜である2月25日を迎える前に、ワタシは命名書を作成する練習をしておりました。
命名書とは、半紙に「命名 ○○」と子どもの名前を毛筆で書き、本来なら神棚に飾って、神様に報告をするためのツールです。最近では、神棚が無い家が多いので(うちも無いです)、ベビーベッドなどに飾ったりしています。
ワタシの母より、筆と硯と墨汁と半紙を拝借し、お手本も無いまま、思い思いに練習をしました。

んがっ!これが当然ながら、上手く書けません。そりゃそうです、ワタシには書道の心得なんぞあるわけなく、普通の硬筆でさえ、かなりヤバい字しか書けない・・・。なのに、毛筆だなんて・・ねえ。

それでもひたすら練習を重ねました。
んがっ!結局、ろくな字が書けませんでした・・・情けない!

アカチャンホンポで、命名書セットを購入してきて、練習の成果を発揮しようと思ったのも束の間。
自分でも失笑してしまうような結果となりました・・oh, no!
言い訳をするならば、台紙の名前を書くスペースはかなり小さく、小筆じゃないととても書けないにも関わらず、普通の筆で書かざるを得なかった、というのが敗因なのでした。ははは。

結局台紙はあきらめ、普通の半紙に、自分の書きやすい大きさで書くことにしました。
無理矢理小さいく書いた「風格あるカッコいい命名書」よりも、全てを自前で伸び伸び書いた「へたっぴな命名書」の方が、きっといいに違いないと、自分を言い聞かせて。

とりあえず、まあしゃーないわ、というものが書けました。
「親父が書く」ということが大事ですよね。
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by masa-stones | 2011-02-26 15:26 | 日常に語る | Comments(0)  

目線の先に・・・

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餃子屋で夕飯を食べていると、目の前にこんなラベルの一升瓶発見。
ハイボールの原液って・・・。
この店に限らず、ハイボールをこのような原液から作って出しているところがあるってことか。

よく見ると、焼酎で割るらしい。
ウィキペディアで調べてみると、こういうタイプの飲み物もハイボールと呼ぶそうな。

ハイボールって、ウイスキーのソーダ割りじゃないの?
左に目をそらすと、角瓶が置いてあった。右に目をそらすと、トリスハイボール380円とのポスター。

はて?この店のハイボールは、いずれのモノが出てくるのか???
でも、いずれが出てきても、そう、ハイボールはハイボールであるという。
これいかに?
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by masa-stones | 2011-02-22 22:15 | 日常に語る | Comments(0)  

Finally, Baby is coming!

平成23年2月18日午後1時21分。
無事に、息子が生まれました。
体重は3145g、元気な声で泣き叫んでいました。

妻から明け方にメール。
陣痛が8分間隔になったとのこと。
結局そのメールに気付いたのは、2時間後の朝6時。

妻は8時に、僕は9時に病院へ到着。その後はずっと立ち会うことが出来ました。
出産の立会いについては、人それぞれの考え方があるだろうけど、この経験は本当にかけがえの無い、貴重なものとなりました。

初めて、我が子の姿を見たとき、自然と涙が溢れました。
感動です。

母子共に無事。
ひとまず、これでひと安心です。

いよいよ、僕の人生は、人の親としてのステージに移行。
これからどうなることか。
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by masa-stones | 2011-02-18 23:49 | 日常に語る | Comments(2)  

母校へ

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この風景。
かつて、何度も何度も眺めたものだ。
横浜の港を望める丘の上。僕の通っていた高校。
いつまでもそこにあるものだと思っていても、時の流れとともに消えていく事もある。
ティーンの3年間を、この校舎で過ごした。
でも、ついにこの校舎が取り壊され、新しい校舎に建て替えられることになった。しょうがない、この校舎が建てられたのは、昭和39年。もう築47年が経過しているわけだし。
だから、高校の仲間と共に、校舎にお別れをしに、母校を訪問した。
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神奈川県立高校では、珍しく学食があった我が校。
卒業後、いっとき廃止されたと聞いていたが、覗いてみると、メニューが貼られていた。どうやら、いまは営業している・・・ようだ。
懐かしい。
よく2時間目が終わると、仲間を連れ立って学食へ赴き、「半うどん」を食べたものだ。
この「半うどん」とは、通常一杯180円程度のかけうどんを、二杯に分けて出してもらうというもの。だから、お腹いっぱいにはならず、小腹が空いたのを満たすための、オヤツみたいなものだった。しかし、ここの学食はあんまり・・・な、味だったっけ。
普通、カレーライスって、どうしたってそれなりの味がするもんだったけど、この学食のは、どうも旨くなかった。でもメニューがあんまり無いので、時々しょうがなく食べてた。
出来れば、もう一度食べてみたいなー。
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そして、僕の青春時代そのものがあった、テニスコート。
とにかく、コンティションが悪く、どんなにローラーを引いても平らにならない曲者。おまけに水はけが異常に悪く、雨上がりはなかなか練習が出来なかった。
とは言うものの、そんなに一生懸命やったとは言い切れない部活動だった。当時は、何かを必死に頑張ってやってみることの楽しさを、僕は理解出来ていなかったんだろうな。
だから、全くといってほど、テニスの腕前は上達しなかった。
このテニスコートともお別れ。寂しいものだ。

卒業してからも、僕は何度か高校を訪れていた。
でも、改めて眺めてみると、気の毒なほど、校舎の老朽化が進んでいた。今でも生徒は通っているわけで、これじゃ、あまりにも可哀想すぎる。そもそも校舎の耐震性に問題があるようだし、やはり建替えは避けられないのだろう。
卒業生にとっては、ずっとそのままで居てほしいのは山々なのだが。

でも、廃校となる高校も多い中、建替えられることになった我が母校は恵まれているだろう。
かつての姿は消え去っても、学校そのものは今後も残るのだから。

さらば、そしてありがとう、我が母校!
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by masa-stones | 2011-02-18 00:07 | 由縁 | Comments(2)