カテゴリ:由縁( 48 )

 

スイートポテトにまつわるエトセトラ

家族みんなでコネコネして、スイートポテトを作った週末。
週明けに、残ったスイートポテトを子供達が食べてて、妻が気を利かして、僕に一つだけ残しておいてくれた。
スイートポテト残しておいたよ、と告げる妻。
ふと、昔々、小学6年か中学1年の時に、商店街の和菓子屋でスイートポテトを買って食べたことを思い出した。
僕が通っていた塾の隣に、それこそ昭和感丸出しで、男はつらいよに出てくる「とらや」のような、でも「とらや」みたいな風情はない、無機質な造りの店構えの和菓子屋があった。丸っきり色気も何もない。惹きつけられる要素はない。そんなお店。
その店先のガラスケースに、団子だとか饅頭だとか、僕にはあまり関心の向かないお菓子ばかり並んでいたが、「スイートポテト」だけが、唯一カタカナで値札が書かれていて、妙に目を引いた。しかも100円だ。
塾の前で友達とたむろしてダベっていた時、チラチラとその100円の値札と、黄金色のお菓子を眺めていたものだった。

しばらくの間、それこそ1ヶ月くらい、ずっと迷っていたのだが、僕はそのスイートポテトが食べてみたくて仕方なかった。
100円といえば、当時の僕にとっては、大金ではないけど、そう簡単に出したくない金である。そして、そこに行くのは塾のある日。そうなると友達が横に居る状況になる。だから、なんとなく手を出しづらかった。気恥ずかしかったのかもしれない。

ある日、「あ、俺腹減ったー」とか適当な小芝居をうって、一つスイートポテトを買った。「こういう老舗のは旨いんだよな」というセリフを、照れ隠しに、そして自分に言い聞かせるかのように発したのは、明確に覚えている。
透明なフィルムに包まれていた黄金色のお菓子。
ついに僕は、その憧れのスイートポテトを口に入れた。
・・・予想外に、それほど旨いものではなかった。パサパサボソボソしてて、甘いんだか何だか、ぼやけた味で。
随分がっかりしたのを覚えている。

覚えている、と書いたけど、妻からスイートポテトの話題を振られるその瞬間まで忘れてた。
今はどうやらその和菓子屋は無いみたいである。

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by masa-stones | 2018-11-26 23:39 | 由縁 | Comments(0)  

Time to say good-bye

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まず、このタイトル、ごめんなさい。例の有名な歌の記事ではありません。
7年にわたって、我が家の子供達を乗せて活躍してくれたベビーカーとお別れとなりました。
購入当時のこと、今でも覚えてます。錦糸町のアカチャンホンポでこやつと出会いました。
それから、毎日の保育園の送り迎え(まあ一時期でしたが)、お出かけはもちろん、スーパーでのお買い物にも役立ってくれました。
晴れの日も雨の日も雪の日も大活躍してくれました。
お出かけ好きの我が家ゆえに、国内各所は言うまでもなく、遥かハワイとオーストラリアにも一緒に来てくれました。

ワイキキビーチにまで駆り出され、結局砂に埋れてズブズブとなり、砂まみれになったこと。
東京では珍しい大雪の時も、東武博物館に息子を連れて行った帰り道に、雪に埋れて走行不能となり、回らない車輪を力ずくで押し切り、我が家まで息子を乗せて歩いたこと(真冬の大雪の日に夏のような大汗をかいて帰りました)。
気の毒なほどに使い倒された、そんなベビーカーでありました。

そう、なにげにこのベビーカーとは思い出がいっぱいあったのでした。

それゆえに、いざ粗大ゴミ置き場に置いてみると、なんとも言えず寂しくもありました。
たかがモノなのに、されどモノなんですね、自分も妻も子供達も、お別れするのが名残惜しい。
お別れの数日後にもかかわらず、娘は「寂しい」と食卓で呟いてさえいました。

でも、そんな感情を抱いてくれる子に育ってくれていて、僕としては嬉しいですね。
ありがとう、ゆーせー号兼はーちゃん号!



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by masa-stones | 2018-07-18 23:16 | 由縁 | Comments(0)  

想い出がいっぱい

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ある晩、息子が明日の学校の時間割を揃えているとき、手に取っていたこのアルバムは、保育園の卒園アルバム。
僕はその時キッチンで夕飯の片付けをしていたのだが、カウンター越しに息子がアルバムを取り出しているのが見えた。息子のアルバムは、教科書をしまっている棚に一緒に置いてあるので、たまたま目について手に取ったのだと思う。
そして、アルバムを開いて、静かに眺めていた。
ちょっと珍しいシーンだったので、僕は洗い物の手を止め、息子から少し距離を置いたところに座って、アルバムを眺めている息子の様子を見ていた。
しばらくアルバムに目を落としていた息子だったが、僕に気づいて顔を上げ、アルバムを閉じた。
「いいよね、アルバムって。パパも時々眺める事があるよ」と声をかける。
息子はニコリとして、アルバムの中身についての感想ではなく、自作の表紙について説明をしてくれた(前に聞いた事がある)。

懐かしさなんてものは、まだ感じないんだろうし、たまたま手に取ってただけなんだろうと思うけど、じーっとアルバムを眺めている息子の様子は、何か僕の心に作用するものがあった。

僕も昔のアルバムを、ちょっと引っ張り出したくなったな。


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by masa-stones | 2017-10-20 22:41 | 由縁 | Comments(0)  

こうもハマるとはね。。

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こちらは、諏訪湖。
立石公園という場所からの眺め。
この風景、空の色、これで「ははーん」と思われる方もいるでしょう。そう、ここはとある映画のいわゆる聖地とされている場所です。本当はここは直接その映画で使われた訳ではないのですが、架空の町のモデルではと噂されている場所です。

その映画。
ロードショーの頃は、仕事が多忙すぎて、全く観る気も時間もなかったし、世間でどう評価されているのかも、全く知らなかった。
ようやくblu-rayになって観たら、これがどハマりしてしまったのでした。

誰しも、一度ならず数度は、何かしら物語やら映画やらに心を掴まれたことがあると思います。
僕も何度か過去にそういうことがありました。
アラフォーの自分。まだまだこういう事があるってのは、人に言わせりゃ、いつまでガキみたいなこと言ってんだとバカにされそうな気もしますが、自分としては、そういう自分であり続けられてよかったと思ってます。
いつまでも感動屋でいたいから。
感性は瑞々しくありたいから。

色々と好きな部分があるこの映画ですが、なぜか感じたのは、日本語っていいな、ってことでした。
台詞も挿入歌も、日本語に作り手の思いが乗っかっているというのか。
こんなにも、心模様、移ろい、感情を言葉にのせて伝えることができるって、日本語って素晴らしいし、奥が深いなって。
もちろん英語でもフランス語でもそうなんだろうけども。
この映画を、原語で観られることが幸いだったなって。

いずれ、近いうちに、こんなにまでも心を掴んでくれたこの作品の魔力は薄れていく訳だけど、きっと長く、何度も、繰り返し観ることになるだろうなって思いますな。


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by masa-stones | 2017-09-29 00:26 | 由縁 | Comments(0)  

分かるよね、分かる分かる。from 万葉集

今日は万葉集の歌に、心を掴まれてしまったので、ご紹介です。その歌とは、
「唐衣裾に取り付き泣く子らを置きてそ来ぬや母無しにして」。

この万葉集の歌とは、全く次元の異なる主題の本を読んでいたら、ふと出てきたのが、この万葉集の防人(さきもり)の歌でした。
防人ってのは、ご存知ですよね。
奈良時代の頃、白村江の戦いに敗れて、唐と新羅の侵略を恐れた日本が、国防のために北九州地方に防人を配置したというものです。これが、始まった頃こそ諸国から集められていたようですが、後年は主に東国、今の長野とか関東の民に、いわゆる兵役、一種の税のような形で強いられた訳です。

この歌を訳すと、(防人という兵役のために)「服の裾を掴んで泣きじゃくる子供たちを置き去りにしてきてしまった。(あの子達には)母親がいないのに。」と言ったところでしょうか。
なんとも言えない情景ですよね。本当は子供を置き去りになんて出来ないのに、義務としての兵役に就かなければならない。子供達には、そんな大人の事情なんて分かるわけもなく、ただでさえ母親がいないのに、今度は父親までも失ってしまうのを、それを必死で抵抗してみせた。
そのことを思い、父親が歌に詠んだ。
この親子は、その後どうなってしまったのでしょう。今となっては知る由もないですね。

しかし、こうしてみてみると、今も昔も親心は変わらないのですね。万葉集って、すごいな。こんな一般民衆の、素直で人間らしい思いを、千年以上も隔てた現代に瑞々しく伝えるのですから。これは一度、ざっとでもいいので、目を通してみようか。
ちなみに、原文はこちら。有名な万葉仮名での表記ですね。
原文:可良己呂武 須宗尓等里都伎 奈苦古良乎 意伎弖曽伎怒也 意母奈之尓志弖
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こんな写真を撮った、まさしく殆ど同じタイミングで、この歌と出会い、余計に歌い手の思いが心に沁みました。
分かるよね。


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by masa-stones | 2017-08-24 23:49 | 由縁 | Comments(0)  

終戦の日

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72回目の終戦の日。
我が職場では、毎年12時に黙祷を捧げている。
こうやって、小さな取り組みを続けることが、大きな力の糧になると思っている。

雨模様の東京。気温も低め。だから72年前のその日とは、かなり様相の異なる1日だったわけだ。
そして、世界はどうもきな臭いのが、いつもと異なる平成29年の終戦の日。

どうしても、そこらかしこでかまびすしいこの日だが、今年は余計に騒がしいように思える。
お隣の半島の愚行には辟易としてしまうが、海を挟んだかの超大国にも不安が募る。
平和を静かに祈り続けたいが、そうさせてくれない世界情勢。不安だな。

近所の川では、今年もいつもと同じように、灯籠流しが行われた。
東京大空襲の時、逃げ道を失った多くの人々が身を投げて帰らぬ人となった現場だ。
今は静かな水面をたたえて、近所の住民の憩いの場となっているこの川にも、重い過去があり、記憶を今に伝えている。
もう2度と、この国が戦禍に巻き込まれないように、僕たちも精一杯努力をしないといけない。
それが、命を散らした先人に対する、現役世代の使命だと思う。


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by masa-stones | 2017-08-15 21:11 | 由縁 | Comments(0)  

時の流れとは、さも残酷なことか。と言うほどの話ではないのだが。

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葛西駅から少し歩いたところにある、このラーメン屋に通い始めて、恐らくはもう18年くらいになるだろうか。
かつて、実によく客が入ってて、深夜でも並ばないと入店できないものだった。
ここ数年は、いつ行っても待たずに入れるし、正直がら空きだ。輝かしきあの日々は遠くなりにけり。

楽しみを胸にしまい、わざわざバスに乗って出かけたこの店。最近の傾向どおり、がら空きだった。
かつての大将の姿はなく、18年前に、この人は大将の息子だろうなと思ってた人が、いまは大将のようだ。

大将の年齢の重ねぶりを見て思う。
この人が仮に僕を覚えていたのなら、18年を重ねた僕を見てどう思うのだろう?いい年の重ね方をしてきた見てくれをしているのだろうか?それとも。。??
大将は、年輪を一つずつ重ねて、少しずつ枯れていくような年の重ね方をしたみたいに見える。18年前は、まだ若さを前面に出して、明るく人懐っこい性格丸出しのような若者だったけど、いまはすっかりオジサンになってしまっている。
ただ、最後の支払いの時の対応は、かつての若者のまま、人の良さが滲み出ていた。

良い年齢の重ね方をしたいものだ。
老け込みたくないし、人間的に年を取りたくない。
どうしたら、ショーン・コネリーとか、江口洋介みたいな、素敵な年齢の重ね方ができるのかなあ。

久々のラーメンは、普通に美味かった。
衝撃を受けるほど美味かった、18年前のラーメンとは違くて、ラーメンも年を取ってしまったかのようだった。
でも、依然として、僕はこの店はお気に入りだ。
また来ようっと。
それまで、大将もラーメンも僕にも、どうぞ素晴らしい毎日でありますように。


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by masa-stones | 2017-06-16 20:41 | 由縁 | Comments(0)  

亀戸水神宮

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夏の祭礼の時期なので、提灯とのぼりが飾られた亀戸水神宮。
亀戸天神や亀戸香取神社と比べると規模が小さく、まさしく地元集落の守り神的な雰囲気が漂います。
僕はほぼ毎日こちらの前を往来しているので、時折参拝をしているのですが、小さなお社なれど、凛とした空気の漂う素敵な神社で、とても惹かれるものがありすね。
御鎮座500年くらい。この辺りに人々が住み始めたころに、水害防止を祈願すべく勧請されたとか。
明治時代までは、お社は鬱蒼とした森に囲まれてたそうで、周辺には水神森という呼称が残ってますが、いまは見る影もなく。。水神森を見てみたかったなあ。
地域の人々の崇敬を集め、守られてきた水神様は、いまも亀戸を見守り続けてくださってます。

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by masa-stones | 2017-06-11 10:22 | 由縁 | Comments(0)  

生き方 変えてみます

大げさに、カッコつけて言えば、こうなる。
僕はこの4月から、生き方を変えた。
ここまでなら、なんかカッコいいこと始めたのか?という感じだが、本当のことを言えば、そういうわけではない。
これまで、なんだかんだ言いながらも、結構仕事を真面目にやって来た。それは気持ち的だけでなく、僕に与えられた24時間という時間の、比較的多くを割いて来たということも含めてだ。
だけど、特にこの2年は本当に自分の時間の多くを仕事に費やした。だから、ライフワークバランスなるものは成立しなかった。
でも、月並みだけど、僕は仕事のために生きているのではないし、仕事よりもっと大事なことが僕にはあった。それが、繰り返すが、月並みなんだけど、子育てだった。

いわゆる時短制度的なものの利用を、この4月から始めた。
と同時に、多忙極まりない部署から内部管理の部署へ異動となった。
これ以降、17時にそそくさと職場を去り、娘を保育園へ迎えに行く生活がスタートした。驚くほどに、家族と過ごす時間が増えた。
それまでは23時まで残業して、家に帰り着くのは午前0時過ぎ。ここから夕飯を食べて1時30分過ぎに就寝だった。しかし今は、毎日夕飯を家族全員で食べられるようになった。
家族と過ごせる時間が増やせた一方、仕事の時間にはキャップをしたのが現状。
何としてでも、勤務所定時間内に全ての仕事を完成させる必要がある。そのために、無駄なことはせず、スピード重視で仕事を進めることを心がけている。時短を理由に成果が出なかったという結果になるわけにはいかない。
そういう意味では、僕にとっては挑戦だ。仕事も家庭も、両方大切にできるように生きていきたい。

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写真は夜の亀戸天神。
子供が生まれてから諦めていたエクササイズのウォーキングが、ウィークデーでも取り組めるようになったのも、今年度の大きな違い。
ライフワークバランスと、自分の健康面でのケアに重点を置くという、これまでの生き方とは違ったアプローチで、子育てを楽しみたいものです。


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by masa-stones | 2017-05-23 23:59 | 由縁 | Comments(0)  

門出

職場の元同僚の門出のお祝い。
6月からニュージーランドへ赴任とのこと。
僕にもそんな時があったっけ。
前途洋々、意気揚々。
前向きなオーラが出てたなあ。
安全な国だとはおもうけど、そうは言いながらも海外。どうぞご無事で。
健康と安全に最大限の配慮をしながら、自ら掴んだチャンスを思い切り満喫してほしいな。
来年は遊びに行くぞー!

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by masa-stones | 2017-05-14 17:14 | 由縁 | Comments(0)