カテゴリ:本( 18 )

 

騎士団長殺し

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騎士団長殺し by 村上春樹
うーん、惜しいんだよな。
途中までは、久しぶりにワクワクするような感じで話が進んでいたんだけどね。
気づいたら、あー、最近のハルキって、いつもこうだよなと、がっかり。
結局、持ち上げられた幾つもの謎は、何も解明されないまま、なんとなく流されてしまう的な感じで終わりを迎える、と。
これだとね、読者としては、散々期待させてからのー不発弾、って感じがしてしまう。

誰かが言ってたけど、この人っておんなじ構造の小説を、登場人物とか設定を微妙に変えて、何度も繰り返し描いているんだよな。
散りばめられた「仕掛け」が、もう少し重層的に絡み合ってくると、練られたストーリー感があって、いいと思うんだけど。
僕の読み方が未熟なのかな。


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by masa-stones | 2018-10-23 23:35 | | Comments(0)  

えんとつ町のプペル

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えんとつ町のプペル。
娘の保育園の書棚にあったものです。娘が借りたい!と言うので、区立図書館で借りてきました。
絵に特徴があり、目が惹きつけられます。
そして物語も、大人が読むのに十分耐えうる内容でした。
就寝前の4歳の娘に読み聞かせをしたけど、さすがに4歳には難しかったみたいで、1回読んだきりになってしまいました。
後になって気づいたけど、この作者はキンコンの西野亮廣だったんですね。多才だー。


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by masa-stones | 2018-09-19 23:23 | | Comments(0)  

Never Let Me Go 〜わたしを離さないで〜

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ノーベル文学賞受賞の、日系イギリス人作家、カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」を読んでみました。
ネタバレしちゃうと難ですので、ここでは詳しく書くのは控えますが、結論から言って、完成度の高い作品だなって思いました。
本を読んで、何とも言えない哀しさを感じる体験って、そうそう無いと思うのですが、この作品は読んでいて、すっかり中に引き込まれてしまうシーンがありましたね。
本の背表紙にはこう書かれています。
「優秀な介護人キャシー・Hは、「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度・・・。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていくー」(ハヤカワepi文庫「わたしを離さないで」背表紙より抜粋)
最初本屋で手にとってみたのは、とにかくカズオ・イシグロの作品を、何か読んでみたかった僕が、一番惹かれたタイトルだった、という単純な動機でした。そして、眺めた背表紙のコメント。当初は、さっぱり分からず、どんな話なのか想像もつきませんでした。
が、読み終えた今、ここに書かれていることの意味が分かると、物語を予感させるのに十分な短文だなって思いますね。上手です。

映画にもなっているこの作品。
この作品については、ぜひ映画も見てみたいですね。
そして挿入歌の「Never Let Me Go」も、これまた物語に引き込んでいくのに十分すぎるほどの素晴らしさがありました。
小説も歌もオススメです。


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by masa-stones | 2017-11-16 00:17 | | Comments(0)  

おまえうまそうだな by 宮西達也

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これ、息子が保育園から借りて来た絵本。宮西達也さん作「おまえうまそうだな」。
この絵本、大人が読んでも、ちょっと涙腺がうるっと来る感じで、素敵なお話です。
実は、先日、この方の作品である「パパはウルトラセブン」を読んだのですが、情けない事に、うるうる来ていまい、息子にちゃーんと読んであげるのに難儀したことがありました。
絵本も、改めて読むと、色々な特色があったり、色々なストーリーや発見があったりで、楽しいもんです。


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by masa-stones | 2015-06-28 23:26 | | Comments(0)  

村上春樹著「1Q84」より

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1Q84 by 村上春樹
言うまでもない。村上春樹の大作だ。
今回読むのは2回目。本全体の感想は脇に置いておくんだけど、面白い文章があったので、ちょっと抜き出してみる。

以下、1Q84 村上春樹著 BOOK2<7月〜9月>前編より抜粋

「天吾は窓際に行って、カーテンを少しだけ開けて外を眺めた。三回の窓から見える風景に特に変わったところはなかった。不振な人間の姿も見えないし、不審な車も駐車していない。いつもどおりぱっとしない住宅地の、ぱっとしない風景画そこに広がっているだけだ。歪んだ枝振りの街路樹は灰色のほこりをかぶり、ガードレールには多くのへこみがつき、錆を浮かべた自転車が何台か道ばたに放置されていた。「飲酒運転は人生の破滅への一方通行」という警察の標語が塀に掲げてあった(警察には標語をこしらえる専門の部署があるのだろうか?)。
意地の悪そうな老人が、頭の悪そうな雑種犬を散歩させていた。頭の悪そうな女が、醜い軽自動車を運転していた。醜い電柱が、空中に意地悪く電線を張り巡らせていた。世界とは「悲惨であること」と「喜びが欠如していること」との間のどこかに位置を定め、それぞれの形状を帯びていく小世界の、限りのない集積によって成り立っているのだという事実を、窓の外のその風景は示唆していた。」 以上

うーん、この村上春樹って人は、世の中のことが嫌いなのかなー。と思ってしまうほど、悪意?敵意?に満ちた、悲観的な世間の描写(笑)。・・・ウケる。

その少し後に、
「天吾は米を洗い、炊飯器のスイッチを入れ・・・・」と書かれていた。
いやいやいや、「米を洗う」って皆さん言いますか?多分、普通は言わないですよね。

でも、僕は、NYに住んでいたときに通っていた英会話の先生に、自分の食事について説明をしていたときに「wash rices」と表現してしまい、「え?洗うの?お米を?お米って汚れているの?」と言われたことがある。本当は、「米を研ぐ」と言いたかったんだけど、「研ぐ」を英語で言えなかったので、「wash」と言ってしまったのだ。基本的には、米の表面のぬかを取るための作業なんだけど、それを英語で言えなかった。

ってことを思い出した。
・・・小説本編の感想とは全く関係ないですな。

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by masa-stones | 2015-05-03 09:01 | | Comments(0)  

「ゆかいな仏教」そして「門」

別に僕は特に信仰心があるわけじゃないが、趣味として「ゆかいな仏教」という本を読んでいた。
これは橋爪大三郎と大澤真幸の対談形式の本だが、以前読んだ「ふしぎなキリスト教」という本が、かなり面白かったし、分かりやすかったので、これならば仏教も!と思い立った訳だ。しかし、「ふしぎなキリスト教」と違って「ゆかいな仏教」は、哲学的、社会学的要素が色濃くって、少々僕には難しかった。「ふしぎなキリスト教」が、とても印象的な本だったので、期待した割には・・・あれ?って感じだった。とはいえ、世界宗教について知っておくのは、現代社会を理解するのに必要不可欠なこと。
イスラム教のもあると良いんだけど、どうもこの二人の対談はなされていないみたい。
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ところで、この本を読み終えたとき、ふと思い出して、高校時代に読んだ、漱石の「門」を手にしてみた。言うまでも無いが宗教に救いを求めて、救いを得られなかった主人公の物語である「門」。
読み返してみると、実に面白いことがよく分かった。「フラニーとズーイ」を翻訳した村上春樹が、改めて読んだみると「こんなに面白かったんだ!」とその作品の感想を述べていたが、今回読んだ「門」には、僕は同じような印象を受けた。

いやー、高校生の自分じゃあ分からなかったよなあ。
小説には、分かるようになる年齢ってもんがあるんだなあ、と改めて思う。
単純に、僕の読書力が低いとも言えるが(泣)。

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by masa-stones | 2015-03-07 00:43 | | Comments(0)  

フラニーとズーイ by J.D. サリンジャー

村上春樹の訳で出版された「フラニーとズーイ」。
「ライ麦畑でつかまえて」の作者、J.D.サリンジャーの代表作。

いやー、正直よく分かりませんでした。
あっさり終わってしまう前半である「フラニー」のパートは、大いなる予感をもたらす感じで物語が進んでいたが、後半の「ズーイ」は、正直読むのに骨が折れた。

村上春樹の解説が小冊子として、この文庫本には挟まれているのだが、小説を読み終えてから、解説書を読むと、こんな一節が。
「こんなに面白い作品だったのか」
どうも村上氏もご自身の体験として、翻訳版で読んだときには腑に落ちなかった小説だったそうだが、原文を読んでみたら、その文体に引き込まれたとあった。
なるほど、さすがに原文を読む気にはなれないけど、確かにそういうことってある。
翻訳では伝わらない面白さってのがあるんだよな。

というのは、僕はコナマイキにも、村上春樹の「海辺のカフカ」を英語版でしか読んだことがない。ちょうど僕がアメリカに駐在していたときに話題になっていたので、せっかくだから英語の勉強をかねてと思い、英語翻訳版を読んだのだ。
うん、確かに英語版でも結構面白かった。
でも、僕が帰国してから「海辺のカフカ」を本屋でぱらぱらとページを繰って眺めていたときに、カーネル・サンダースの口調を見て愕然とした、「こんなふざけた話し方するのかー」と。というのも、やっぱり日本語だからこそ分かる面白さというのが存在するわけで、同じ意味で英語に置き換えても、面白さが抜けてしまい、字面の意味しか残らないのだ。だから、カーネルサンダースの下りは、日本語版を知って、初めて笑いを抑えながら読む部分だったのね、と思った。

余談が長くなったが、そうなると、フラニーとズーイの面白さを知りたければ、原文をあたるしかないってことかなあ。
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by masa-stones | 2014-05-15 23:32 | | Comments(0)  

羊を巡る冒険

えーと、何度目だろうか、これを読んだのは。
もう、かれこれ7回目とかくらいだろうか?

村上春樹の、かなり初期の頃の小説だからか、現在の彼の文章には無いような、遊び心があちこち見られるのが、新鮮でもある。

例えば、レストランの場面。
「ヘッドウェイターが、にしんのような目つきでナプキンや食器や皿の並べ方を細かく点検していた。」。
・・・にしんって、ウケる。

そして、同じくレストランで、ワインを飲むシーンで、味わいについてコメント。
「凝縮された食費の味がした」
・・・ウケる。

この物語ではないけど、安っちいコーヒーの味を、新聞紙のような味がするコーヒーって描写していた。勿論僕は、新聞紙なんて食べたこと無いけど、確かに新聞紙のような味がするって揶揄したくなるコーヒーってのは、世の中に確実に存在する。

でも、凝縮された食費の味がするワインには、まだ出会ってない。
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by masa-stones | 2014-04-30 23:10 | | Comments(0)  

1984年

ジョージ・オーウェル作「1984年」。
欧米では、人気の高い作品だ。
恐るべき監視社会を描いたものとして名高い。
読んでいて思ったことは、殆ど初めてかもしれない、恐ろしさというものを活字から感じたことだ。そして拷問のシーンは痛々しかった。目を離したくなるような、読みとばしたくなるような、凄惨さとか、追いつめられた人間の生々しい姿とか、本当に痛々しかった。

果たして今の日本社会はどうなんだろう?
一般市民の僕が知り得るかぎり、政府から一挙手一投足監視されているという感じはしない。でも、気付かないところで監視されていたりするのだろうか?

官憲に拘束されるまで、過去7年間にわたって、自らの行動の全てを政府に監視されていた主人公。
気味の悪い社会がそこには描かれていた。

ある意味、非常委印象深い作品だった。
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by masa-stones | 2014-01-31 23:37 | | Comments(0)  

坂の上の雲 by 司馬遼太郎

文庫本8巻。
読むのには、相当な時間を要するわけだが、妻が娘の出産のため、息子とともに里帰りしていたことから、かなり読書の時間を取ることが出来、2ヶ月で読み終えることが出来た。

坂の上の雲。
このタイトルが、何とも言えず好きだ。
僕なりの解釈をすれば、遥か坂の上を進んで行く西欧列強に、必死で追いつこうと坂を上って行った日本だったが、坂の上まで辿り着いてみると、追いかけていたものは、坂よりも遥か上空にあった。
後進国日本が、必死で追いかけたのにも関わらず、遠く及ばない次元に彼らは居た、とでも言おうか。
日露戦争から、大東亜戦争の敗戦までのことを考えたり、21世紀の我が国を考えてみても、やはり西欧先進国には及ばないところが多々あるように思える。
それは国民の精神面だとか、人間個々の頭の善し悪しだとか、そういうものではなく、西洋文化がワールドスタンダードになってしまってきた現代まで、遅れてそのスタンダードに参加・模倣し、習得していったという、異なる文明圏に存在した日本は、根っこまでもが西洋化していないため、全てが単なる真似事に過ぎない。だから、本物には模倣品が勝つことが出来ない。
坂の上に見えていた雲は、坂を上りきってみたら、遥か頭上にあった。
実に感慨深いタイトルだと思う。

これは、あくまで小説だ。
全てを信じることが出来たらどんなにラクだろうと思うが、ある程度の距離感を持って、作品に接する必要があるのは言うまでもない。
だけど、描かれている明治の人々、或いは維新をくぐり抜けて来た人々の、なんとも強いことか。
よく「明治の人は強かった」と、祖父母世代から聞かされた。僕からすれば、大正昭和を生きた皆さんだってよっぽどだよ、と思うが、明治の人は別格だったのかもしれない。
この作品に描かれている明治の人々、軍人達を一言で表現するなら、「透明感」だと思った。あるいは、「純粋」か?
気高さ、潔さ、謙虚さ、そして強さ。
澄んだ水のような、透明感を、僕は感じた。
後世の人々は、秋山好古・真之兄弟や、東郷平八郎、大山巌、児玉源太郎のことを、英雄のように思うかもしれないが、やはり彼らも一人の人間であって、必死で日本を守ろうと戦渦をくぐり抜けて来た、純粋な一人の人間だったんだろうと思う。

そして、日露戦争の意義に思いを馳せる。
維新を経験した明治の人々が持っていた、或いは備えていたであろう、日本の実力に対する客観的な認識は、当たり前のものだった。彼我の実力・国力の差を、痛いほど分かっていたからこその、適切な戦略を立てた。この戦争に勝たなかったらー歴史にifは無いけどもー、やはり日本は今のような姿ではなかっただろう。結局日本は大東亜戦争に破れてしまうが、ある意味負けても良い時代に、日本は負けたのかもしれない。日露戦争の時代は帝国主義真っただ中だったから、結果論かもしれないけど、負けてはいけない時代だったように思う。負けた後の取り扱われ方が、格段に違かっただろうから。

この本を読み終えて、僕は、我が国はその社会の美徳である謙虚さを失ったとき、脆くなる社会のように思った。
日露戦争のとき、日本は国力の脆弱さを知っていて、謙虚だった。
でも、一等国になったと自負した日露戦争後、その後の敗戦までは傲慢であった。
戦後は、敗戦国として、平和国家として、一貫して謙虚であった。
しかし「ジャパン・アズ・ナンバーワン」やバブルの時代に、再び傲慢になった。そして、失われた20年に至った。果たして、いまの日本は謙虚なのか傲慢なのか?

散文になってしまったが、久しぶりに活字に興奮を覚える作品だった。
特に、日本海海戦の場面は、時間を忘れる程に読みふけった。
こんな興奮は、司馬遼太郎の「燃えよ剣」、宮部みゆきの「ブレイブ・ストーリー」、村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」以来だ。

また、暫くしたら読み返してみよう。
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by masa-stones | 2014-01-10 23:32 | | Comments(0)